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ローマ植民都市に建設された円形闘技場で最も保存状態がいい、世界遺産エル・ジェムの円形闘技場(その後半)

久しぶりにチュニジアの世界遺産をお届けします。
訪問したのは2015年11月11日でした。

エル・ジェムの円形闘技場の前半は昨年の12月13日に投稿しましたが、今回はその後半です。
エル・ジェムの円形闘技場前半はこちらです

エル・ジェム唯一の見どころである円形闘技場では、古代ローマ時代に、剣闘士どうしの闘い、奴隷と猛獣との戦いなどが、頻繁に行われました。

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闘技場は複雑な構造になっており、3層なので、こういう通路が内部を巡ります。

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地下通路は薄暗くて、かなり気味悪いです。
ここには猛獣の檻があって、戦いの出番が来るとアリーナに檻ごと運ばれていきました。

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1800年前にタイムスリップしそうな通路を、全速力で走ってジャ~ンプすると、そこは観衆が大勢いる闘技場で、自分の前にはお腹をすかせたライオンが・・・・・・
なんていう映画のシーンがありそうな通路です(笑)
突然、目の前に現れたのは古代ローマ人や、ベルベル人ではなく、地元のチュニジア人のようでした。おっかなびっくり歩いてるんだから、おどかさないでよ(笑)

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アリーナに戻ると、観客席の上のほうではカップルが写真を撮ってました。

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古代の石の建造物が大好きな私には、1800年前の円形闘技場は、たまらない魅力です。写真を撮りまくりました。

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さて、この中には何人の人間がいるでしょうか。
2層目の真ん中に青シャツが、そして3層目の真ん中には赤シャツとパートナー、さらに3層目の左のほうに白シャツとパートナー、合計5人が映ってました。
青、白、赤、トリコロールでフランス国旗でした。

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円形闘技場には1時間くらいいたでしょうか。
この写真は前回にも掲載した闘技場正面の写真です。もう一度紀元230年頃の三層の建造物を見つめなおしてから競技場を後にしました。

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感動の余韻に浸りながら駐車場への道を歩いていたら、歩く若者、バイク、ラクダ、車の組み合わせを、見つけました。

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エル・ジェムの町ではよく見る光景なんでしょうが、これにバスを加えると、この地域の全ての移動手段です。
アラブの世界は過去も現在も混在して、今も時を刻んでいました。

この後は、この日の3番目の世界遺産、スースの旧市街にむかいます。
ちなみにエル・ジェムの円形闘技場は1979年に世界遺産に指定されました。



by tabi-to-ryokou | 2016-01-07 16:00 | 世界遺産 | Trackback | Comments(20)

ローマ植民都市に建設された円形闘技場の中でも、最も保存状態がいい、世界遺産エル・ジェムの円形闘技場

古都ケロアンを出発した車は、二つ目の世界遺産エル・ジェムの円形闘技場に向かいました。

途中の街道には、ラクダの放牧場があり、車の通行を邪魔します。
何と言っても、この地ではラクダが優先ですから、車はラクダが渡り終わるのをじっと待ちます。

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1時間ほどで見えてきました、世界遺産エル・ジェムの円形闘技場です。

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360度、完璧に残ってるかというとそうでもなくて、資金不足で完成にいたらなかったとか、オスマン帝国に一部が破壊されたという歴史がありました。
模型図はこうなってますが、残存部分はもうちょっと少ないです。

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高さは上まで36m。急な階段をひたすら登ります。

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途中でアリーナの方向を眺めます。
紀元230年頃の建造で、三層建て。縦149m、横124m、アリーナの直径は65mです。

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大きな町ではありませんが、エルジェムの町並みです。

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ローマのコロッセオもそうですが、この石を成形にカットし、一つ一つを滑車を使ってつり上げ、積み重ねていくので、大変な作業だったと思います。

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ちょうど真横の位置までやってきました。
残ってない部分もありますが、立派な円形闘技場です。

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この円形闘技場は現在でも数万人を収容でき、夏にはフェスティバルも行われているそうです。

エル・ジェムの円形闘技場は次回に続きます。



by tabi-to-ryokou | 2015-12-13 16:00 | 世界遺産 | Trackback | Comments(14)

イスラム教第4の聖地として参拝者が多い大モスクは、7回訪れればメッカに1回参拝したことと同じといわれます(世界遺産古都ケロアンの後半)

古都ケロアンはチュニジア第4の都市ですが、メッカ、メディナ、エルサレムに次いでイスラム教の第4の聖地としても重要な存在です。
巡礼の時期にはチュニジアだけでなく近隣諸国からもイスラム教徒がケロアンを訪れますが、7回訪れると、メッカに1回参拝したことと同じとされるので、ケロアンには多くの参拝者が集まります。

シディ・サバブ霊廟を訪問した次に、シディ・ウクバ・モスク(グランド・モスク)を訪問しました。
外観はシンプルで、四方の外壁は土色のレンガなので、まるで要塞のようです。

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670年に、時の権力者ウクバ・イブン・ナーフィによって建立されました。
ミナレットの高さは31.5mあり、最下段は728年に造られてるので、イスラム世界では最も古いものだそうです。

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中庭は大理石が敷き詰められ、中央の排水溝に向かい緩やかに傾斜して雨水を集める仕組みになってます。

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列柱にはカルタゴなどの古代ローマ遺跡から寄せ集めてきた石材を使用しています。

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チュニジアでは石材(大理石)が乏しくて、確かカルタゴの共同浴場の柱も世界各地からの寄せ集めでした。

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ここは中庭のろ過設備。中庭に降った雨水はここに集められ、円形をした部分にゴミは残って、雨水は地下の貯水槽に貯められます。

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もう一つ中庭にあった不思議なもの。これは時間や月日や、1年を現す日時計です。この時代はこういうので、年月を把握してたそうです。

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さて中庭を挟みミナレットの反対側にあるのが礼拝堂です。
ちょうど礼拝堂の真上から陽光が降り注ぎます。

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そして最後の写真が礼拝堂の中です。
ここはイスラム教徒は入れますが、非イスラムは入れません。

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メッカの方向を示すミフラーブがあるはずですが外からのぞいても、メッカりません(^。^)
キリスト教会では祭壇を、モスクではミフラーブを見学するのですが、残念でした。

そういえばチュニスのホテルの部屋にはミフラーブはないけど、メッカの方向を示す大きな矢印がデスクに貼られていてびっくりしました。

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ちなみに古都ケロアンは1988年に世界遺産に指定されました。



by tabi-to-ryokou | 2015-12-01 16:00 | 世界遺産 | Trackback | Comments(14)

モザイク・コレクションでは「チュニジアのルーブル」といわれるバルドー博物館(その最終回)

今日の日記はバルドー博物館の最終回ですが、最後に衝撃の写真が2枚あります。

バルドー博物館はオスマン帝国時代にチュニジアを統治していたオスマントルコ長官の宮殿だったので、館内には部屋が20近くもあります。
それぞれの部屋は、カルタゴの間、コンスタンチヌスの間、ローマ人の邸宅の間、チュニスの間のように名前が付いてるので見学は分かりやすいのですが、見るのに夢中で、
どのモザイクが、どの部屋だったかのメモをとってくるのは忘れました。

部屋によっては床、左右の壁、奥の壁のそれぞれにモザイクがありました。

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1階と2階が吹き抜けになってる部屋ではこのように俯瞰もできます。

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ローマ時代のモザイクでは狩猟、牧畜、農耕の絵が多く見られました。

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ここに残るモザイクは、人々の暮らしぶり、衣装や、食事までわかる貴重な歴史的資料です。

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また有名人の肖像画が、モザイクで残っているケースは驚くばかりです。
下は古代文学史上、最も重視されるローマの詩人ヴェルギリウスですが、彼が生きてた時代は紀元前70年から紀元前19年でした。

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そして最後の2枚は、このバルドー博物館で起こった悲惨なテロの銃痕です。
2015年3月18日に2人のチュニジア人テロリストがこの博物館に侵入し、銃を乱射しました。
犠牲者は22人、そのうち3人は日本人でした。

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犯人は射殺され関係者とみられる20人あまりが逮捕されましたが、外貨収入を海外からの観光客にたよるチュニジアには大きな痛手となりました。

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あまりに生々しい画像なので掲載を迷いましたが、今もバルドー博物館に残っている銃痕なので、そのまま掲載しました。
チュニジアは、3月にバルドー博物館、6月に中部の世界遺産の町スース、そして私の帰国後の9月24日にも首都チュニスで別のテロ事件があり、12人が犠牲になりました。
これではチュニジアに訪問したくても、観光客は敬遠してしまうでしょう。

ガイドのナビール君に聞くと、3月のテロ事件以降は団体のツアー客がめっきり減ってしまい、今、来てくれるのは世界各国の個人客だけ。
テロ事件の前と比べると、観光客は半分以下で、メディナの土産物屋では商売にならないので、店をたたむ経営者が出てきたと話してくれました。
早く安全で、観光客が安心して訪れることができるチュニジアに戻ってほしいものです。

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私の「病名はいえん」(笑)に関しましては、皆様から多くの励ましのコメントや、「イイネ」をいただき感謝の念に堪えません。
エキサイトブログの皆様は本当に温かい人ばかりです。

4日間の安静と、最近の進んだ治療のお陰で、咳も止まり体調も回復して、水曜・木曜・金曜は会社に出社しました。
完全復帰までは、もうちょっとの辛抱が必要と思ってますが、生活は旅行前のペースに戻りました。
写欲も盛り上がってきたので、本日の昼休みは近所の、「KITTE丸の内」のクリスマス・ツリーを撮影してきました。
ご心配をおかけしましたが、あと1回か2回の通院と処方薬の服用で、来週には完全復帰できそうです。本当に、ありがとうございました。



by tabi-to-ryokou | 2015-11-27 16:00 | 旅行 | Trackback | Comments(22)

壁・床・天井のタイル張りと、しっくいのすかし彫りが、北アフリカで一番美しい霊廟(世界遺産ケロアン)

私事で恐縮ですが、土・日・月・火と4日間、自宅で安静にしておりました。
1日3回の薬を飲みますが、食事して寝て、ワイン飲んで寝て、時々起きてパソコンという、「外出ができない桃源郷」のような世界でした(^。^)

昨日は病院で、「散歩に出ていいですよ、大きく呼吸をして肺を働かせて下さい」、「体力も回復させて下さいね、でも人込みは避けて下さい」と言われました。
外出禁止の、蟄居・謹慎の身でしたが、今日からはお天道様を拝み、シャバの空気がすえます(笑)
・・・ってわけで、お騒がせいたしましたが、私の肺炎騒動も山を越えました。氷点下の世界で無防備に深呼吸をしてはいけませんね。一発で肺がやられます。
まだ日帰りのカメラ取材は無理ですが、このままおとなしくしてれば、あと1・2週間で完治しそうに思えます。

日記はチュニジアの世界遺産「古都ケロアン」です。

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世界遺産ケロアンはチュニスの南165km。オリーブ畑に囲まれた古都は、北アフリカにおけるイスラム発祥の地でもあります。

ケロアンまではチュニスから車で2時間とちょっとでしたが、街道沿いで見かけた肉屋さんです。
この肉、ラクダです。いくらか聞いてみたのですが1kgが12ディナール、660円だそうです。

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「アグラブ朝」の貯水池は大小4つあり、現在もケロアン市民の水源になってるそうです。

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市内に50ものモスクが林立しますが、最初に訪れたのはタイル張りと、しっくいのすかし彫りが美しいシディ・サハブ霊廟でした。「サハブ」はアラビア語で友人という意味だそうです。

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7世紀に建てられましたが、後のオスマントルコ時代にモスク、ミナレット、神学校が加えられ現在の形になりました。

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中庭は市民の憩いの場で、近年まではここで、お見合いの話をまとめたそうです。
右側の扉にチケット売り場があり、中の霊廟を見学できます。

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そして外壁の色鮮やかなタイルは、それぞれ模様が違います。

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チケットを買って霊廟に入りました。上部のすかし彫りが見事です。

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ここは様々な儀式を行った場所です。奥には隣の部屋のタイルも見えてます。

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最後の1枚は天井です。天井のすかし彫りがあまりに美しいので、見とれてしまいました。

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次回は7回訪れるとメッカの1回分といわれるケロアンのグランド・モスクです。



by tabi-to-ryokou | 2015-11-25 16:00 | 世界遺産 | Trackback | Comments(26)

北アフリカ屈指の大都市に残るイスラムの町並み(世界遺産、チュニス旧市街)

私事で恐縮ですが、身体はいたって元気、食欲も旺盛、夜もぐっすりと7時間睡眠。熱は無く、鼻水なし。
頭脳もそこそこ普通、不調なのは親父ギャグぐらい(^。^)
なのに外出禁止令。3連休で普段なら秋を撮りに出かけますが、土曜日から今日までの行動範囲は、わずか半径5m。
マンションで暮らしてるので、私のパソコンデスクを中心に、テレビ、食卓、トイレ、昼寝用のソファが全て5m以内(^。^)
閑で閑で、閑をもてあましてますが、これも自業自得、身から出た錆。
しばらくは安静にして、咳が止まり、シャバに出れる日を、おとなしく待ちます。

今日の日記はチュニジアの世界遺産、チュニスの旧市街で、メディナと呼ばれる市場です。

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チュニジアの首都チュニスは、カイロに次ぐ北アフリカ屈指の大都会。
起源は古く、近郊のカルタゴとともに紀元前5世紀頃には都市化が進められ、カルタゴ没落後はローマが都市を整備しました。

その旧市街には今も、8世紀から続く「メディナ」とよばれる市場が残り、食品、香辛料、工芸品、衣料などの商店がひしめきあいます。

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混沌としてますが、メディナ内の道幅は殆どがこの広さで、しかも石畳です。

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メディナの中にはいくつものモスクが存在します。

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チュニスで最大で、最高の聖地、グランドモスクです。チュニジア全土からの信仰を集めるモスクで、広さは500㎡、建設は698年から始まり、完成は9世紀なかばでした。

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さらに歩きます。ちょっと薄暗いところもありましたが、人通りは多いので心配はありません。

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シーシャ(水パイプ)の4人組。あまりに美味しそうに吸ってるので写真を撮らせてもらいました。
シーシャは専用の香り(フレーバー)付けがされたタバコの葉に炭を載せて熱し、出た煙をガラス瓶の中の水を通し吸う仕組みです。

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工芸品の店ではお皿に名前を刻んでくれるそうです、でもアラビア語なので、よく読めません。
この親父さん、観光客が前を通りかかると、技を披露しますが、普段はおしゃべりしてます。
定型の模様なら、目を閉じてても、そっぽを向いてても彫れるそうです。

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メディナは広いので、方向感がつかめませんが、こういう通りが延々と続きます.

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そしてメディナのネコちゃん。沢山いましたが、この子がお行儀がよかったので撮ってみました。

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そして1時間くらい中を歩いて外へ。フランス通りという大通りで宿泊してるホテルの近くでした。

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訪れたのは観光の最後で、夕方でした。庶民の買い物の時間で、売ろうとする商人たちの掛け声と、安く買おうとする人達で活気もあり、どこからともなくアラブの音楽も聞こえて、
凝縮され、混沌としたアラブの日常を垣間見ました。
これだけでチュニスの全てが、わかるわけではありませんが、チュニスを訪問されたら、一度はのぞいてみたい場所です。

ちなみにチュニス旧市街は1979年に世界遺産に指定されました。



by tabi-to-ryokou | 2015-11-23 16:00 | 世界遺産 | Trackback | Comments(23)

モザイク・コレクションでは「チュニジアのルーブル」といわれるバルドー博物館(その2)、それからお知らせ

皆さん、こんにちは

ついに「ドクター・ストップ」が、出てしまいました。
外出禁止!!!!!、当分の間、自宅でおとなしく寝てること。今後の通院は週に2回。薬は主に漢方。

折角の3連休なのに、どこにも取材に出れません。
一番つらいのは、毎日書いてる日記のネタが無くなってしまうこと。
日記は続けますが、今日からは週3日くらいの不定期発行とさせて下さい。チュニジアや、過去に取材したネタでやりくりします。

私もおかしいと思ってたんですよ。自分の身体ですからね。
フィンランドからパリに移動する日ですから、11月8日に咳が出始めて、パリの薬局で買った、ドロップ状の咳薬が効かず、
チュニスの薬局で買ったビタミンCが豊富だという顆粒状の飲み薬が効かず、帰国して近所の医者で処方してもらった風邪薬が効かず、
かれこれ2週間も咳が止まらなかったわけですからね。

その間、体調はよく、マスクをして元気に会社にも通ってたのですが、幸い旅行前に予約してた人間ドックに18日に行ったところ
レントゲン写真で、肺が少し白くなってることが見つかりました。

というわけで、フィンランドの北緯69度の氷点下攻撃に撃沈しました。情けないけど自業自得です。
「病名はなんだ??」、ですって、恥ずかしくて病名は言えん。
オーロラで喜んでながらこのざまですから、病名は言えん!!
つまり「病名はいえん」です(^。^)、漢字だと肺炎、結構長引くそうです。
トホホ!!な結果ですが、今日の日記はバルドー美術館のモザイクの2回目です。

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バルドー博物館は、博物館の目的で建てられた建造物ではなく、元々はオスマントルコ時代にチュニジアを統治していた長官の宮殿。
各陳列室には、イスラムの化粧漆喰が見られ、天井にはオスマン様式の装飾が見られます。
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この水盤はバルドー博物館の秘宝の一つで、ケリビアの初期キリスト教の洗礼水盤です。
結構大きくて立派な水盤で、モザイクも全てがしっかり残ってました。

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モザイクとは思えないような緻密な絵が続きます。

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そして天井の豪華な装飾とシャンデリア。

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このモザイクは残存部分と、破損部分が半々なのですが、この目がどこを見てるのか興味を持つ作品でした。

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最後は有名なモザイクで、、「オデュッセウスとセーレーン」、ここのモザイクはチュニジア中の遺跡から集められてますが、これはドゥッガ遺跡から発掘されたもの。

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モサイクは年代、デザイン、石の大きさ、色彩に左右されますが、この博物館に集められた作品は素晴らしいものばかりでした。

バルドー美術館のモザイクは次回の最終回に続きます。



by tabi-to-ryokou | 2015-11-21 16:00 | 旅行 | Trackback | Comments(52)

チュニジアン・ブルーと真っ白な壁が映える町、シディ・ブ・サイドはチュニジアで最も美しい町といわれます

チュニスから北東に17km、車で30分くらいの地中海に面した丘の上に、チュニジアで最も美しい町といわれる「シディ・ブ・サイド」がありました。

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石畳の坂道の両側に白壁の家並みが続き、ドアや窓枠の鮮やかなチュニジアンブルーが白壁にマッチして、スペイン南部のアンダルシアの町並みを彷彿とさせます。

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この辺りが町の目抜き通り。
パウル・クレー、ボーヴォワール、アンドレ・ジッドらがこの町を訪れ、恐らくこの通りを歩いたのだと思います。

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土産物屋さんや、レストランの並ぶ奥の階段に、カフェ風の店があるので入ってみます。

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このカフェは町のランドマークで「カフェ・デ・ナット」
内装はオリエンタル風で、基調は赤と緑。訪問したらしい有名人の写真が左側に沢山飾られてました。

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客席はというと、靴を脱いであがり、くつろげるようになってます。でもお客さんは若い女性が2人だけ。
昔は毎日、混んでたのでしょうが、チュニジア全体の観光客が減ってるのでこんな状態でした。

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何故なら、この店の前の階段ですが、シーズンには店に入れない客たちがここに座るので、スペイン階段とも呼ばれているそうです。

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歩いてると土産物屋の旦那らしい2人から聞かれました。「アジアからの客はいつになったら戻ってくるんだい??」
そりゃあ、私に聞かれても困るけど、日本発のツアーパンフレットにはチュニジアも掲載されており、徐々に回復するんじゃないでしょうか。
チュニジアは観光資源が多いし、物価も安いし、気候も温暖ですから。

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このお二人、困ってる顔にも見えませんが、やはり3月のテロ事件以来、観光客が半分に減ってしまったのは痛手だと言ってました。

シディ・ブ・サイドの町を1周、散歩しても1時間くらいでした。
ここのレストランで地中海と、町の景色を眺めながらのランチも良さそうです。



by tabi-to-ryokou | 2015-11-20 16:00 | 旅行 | Trackback | Comments(10)

地中海を制した貿易大国の都の跡(世界遺産、カルタゴ遺跡)

チュニジアの世界遺産の1件目の訪問地は、チュニジアを訪れる観光客の誰もが見学するカルタゴ遺跡でした。

カルタゴ(新しい都市という意味)は、紀元前814年にフェニキア人が建設し、地中海貿易で繁栄したフェニキア人国家として発展しました。
貿易を独占したカルタゴは、前6世紀までに北アフリカ沿岸各地に都市を築き、イベリア半島の大半をその勢力圏内におきましたが、
紀元前146年にローマ軍に敗れ町は破壊されました。

カルタゴまでは、チュニスから10kmで、車で行くと約20分です。
そういえばチュニジア空港の正式名称は、チュニス・カルタゴ空港。首都チュニスは近代的な大都市で、カルタゴは古代遺跡の町ですが、
空港名にはしっかりとカルタゴの名が残ってました。

近年は、チュニスの郊外住宅地として開発が進み、大統領官邸や、役所、大使館、別荘が立ち並ぶ高級住宅地になっています。
港に漁船が戻って来ましたが、この日は不漁だったそうです。
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昔は商業港と、軍港が配され、山の上に行くほど、当時の支配層が住んでました。写真はカルタゴ博物館にあった模型図です。

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カルタゴはポエニ戦争に負けて、ローマ軍に破壊されましたが、その100年後にローマのアウグストゥス帝により、植民都市として再建されました。
紀元2世紀には「アフリカのローマ」と称されるほど発展しましたが、7世紀以降は再び衰退していきます。
カルタゴの遺跡というと、必ず登場するのが、ローマの5賢帝の1人、アントニヌス・ピウスが建設した共同浴場です。

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当時の建物は2階建てで更衣室、温浴風呂、サウナ、水風呂、プール、噴水、談話室まであり、部屋数は100以上。
まさに「テルマエ・ロマエ」、 阿部寛の活躍する世界でした(笑)

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当時の天井の高さは30m、世界各地から運んだ大理石に囲まれ、当然ながら上下水道も完備されてました。

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ラ・マルガの貯水池は、カルタゴの水を支えるため132km離れたザクーアンから水道橋で、水が引かれていました。
右側はその貯水池跡です。

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そしてここがフェニキア人の中心地があったピュルサの丘です。
当時はこの丘を中心として、フェニキア人の住宅が集まっていました。

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近くのカルタゴ博物館には出土したローマ時代の、モザイクや、神々の像、生活用品や宝飾品が飾られてます。
神々の像は共同浴場で発掘したものですが、保存状態もよく、彫刻としても優れたものばかりでした。

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床のモザイクです。見た瞬間は感動しましたが、午後からバルドー博物館で数多くのモザイクを見学したので、感動も薄れてしまいました(笑)

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カルタゴは高級住宅地の中に、遺跡が点在してるので、自力で廻るよりは、現地のオプショナル・ツアーに参加したほうが楽でしょう。
午前中か、午後の半日あれば、ハイライトは、全部見て廻れます。
ちなみにカルタゴ遺跡は1979年に世界遺産に指定されました。



by tabi-to-ryokou | 2015-11-19 16:00 | 世界遺産 | Trackback | Comments(14)

モザイク・コレクションでは「チュニジアのルーブル」といわれるバルドー博物館

帰国後の最初の日記は、なんといってもバルドー博物館のモザイク・コレクションです。

バルドー博物館は先史時代から今日にいたるまでのチュニジアの歴史を網羅する考古学の博物館ですが、中でもローマ時代と初期キリスト教時代の
モザイクコレクションは世界最大の規模で、保存状態も優れています。

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床に描かれたモザイク。

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床だけでなく、部屋の床全体に描かれてるのもあります。

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モザイクも進歩し、恐らくですが「ライオンより強い男だれそれ」というような絵になります。

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顔も人間らしく、衣装も当時来ていた衣装に近付きました。

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さらに進化して、葡萄ですが、こういうアートのようなモザイクもできてきました。

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これがモザイクかと思うくらい緻密です。

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モザイクの額縁にあたる部分で工房がわかるらしく、これは上の葡萄と同じ工房の作品です。

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石の配置や、色の諧調はモザイク職人たちの腕の見せどころだったのだと思います。

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最後の作品は王妃らしい女性が召使の女性が差し出す鏡を見てお化粧をしてる様子です。

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このようにモザイクもカルタゴ時代、ローマ時代、イスラムの時代と進歩していきます。
どの時代のものかも、チェックしながら見て廻ると、もっと面白かったと思うのですが、広い博物館の1階と2階に何百というモザイクがあったので、
見て歩くだけで精一杯でした。

バルドー博物館のモザイクは次回に続きます。

by tabi-to-ryokou | 2015-11-16 16:00 | 旅行 | Trackback | Comments(12)